裏銀座縦走 Part1  北アルプス2003年8月17〜21日夜行5泊6日
ブナ立尾根〜鷲羽岳〜黒部五郎岳〜笠ヶ岳〜新穂高温泉

初・アルプス縦走物語。数々の体験はドラマを超えた!
行程
1日目●大阪〜夜行
2日目●高瀬ダム〜烏帽子小屋
3日目●烏帽子小屋〜鷲羽岳〜三俣山荘
4日目●三俣山荘〜黒部五郎岳〜双六山荘
5日目●双六山荘〜笠ヶ岳〜笠ヶ岳山荘
6日目●笠ヶ岳山荘〜クリヤ谷〜槍見温泉
                         
行動時間
2日目●4時間
3日目●7時間40分
4日目●11時間

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■1日目 大阪〜夜行

出発までは週間天気予報をにらみ続けた日々であった。予報によると週の前半はよくない模様。金曜日の夜に出発する予定をわざわざ1日ずらして出発。不安な気持ちで大阪から「急行ちくま」に乗り込む。松本で「ムーンライト信州」に乗り換えて、信濃大町駅に到着。


■2日目 高瀬ダム〜烏帽子小屋

改札から出てぼーっと立っていると、ほとんどの人が扇沢に向かうようで、それぞれタクシーやバスにどんどん吸い込まれていく。おいおい、高瀬ダムに向かうのはもしや、ビスタ〜リひとりか!?と心細くなったところで、タクシーの運転手から声をかけられた。相乗りを探してくれたが、やはり他にはいないようだ。小型で7020円だって。仕方がないので、ひとりタクシーに乗り込む。外は小雨で山にはどんよりとした雲が覆いかぶさっていた。ここではやくも憂鬱な気分に。

葛温泉を通り過ぎ、5時45分に七倉山荘前に到着。ゲートは6時半より開くので、それまでは登山届けを出したり、朝食のおにぎりを食べたり、水を汲んだりして過ごした。そうこうしているうちに、どんどんタクシーが到着する。なんだ、他にも登山者いるやん。ここでひと安心。

ゲートが開いてダムをジグザグに進む。6時40分にタクシーを降りて、雨具をつけて身支度をした。さあ、いよいよ5日間の旅の始まりだ。

トンネルをぬけると、吊り橋を渡る。橋を渡るとテント場があり、小さなトイレがあったので用事を済ませておいた。やがて、高瀬ダムに流れこんでいる涸れ沢をわたり、いよいよ登山口に到着。水はすでに汲んでおいたので、早速登り始めた。歩き出してしばらくすると気分が悪くなってきた。ペースを緩めると治まった。

途中、抜きつ抜かれつつしていた人達の中で、雨の中足がつってしまった人が続出。その様子を見て、こまめに水分や行動食を口にするようにした。番号がある場所で立ち休憩や座って休憩を繰り返している内に、順調に進んでいき、意外にあっさりと、11時10分烏帽子小屋に到着。小屋の前に柵があって、コマクサが咲いていた。アルプスの女王と呼ばれているその小さな花を初めて見た。

烏帽子岳に行きたいところであったが、雨が降り続いていたので却下。ヘリポートで携帯が通じると小屋の人から教えてもらい、傘をさして歩いていき、自宅に電話をいれた。母親に4時間でブナ立尾根を登ったと告げたらえらいびっくりしていた。

小屋に戻って、昼食のカップラーメンを食べていると、熱い視線を感じた。雨宿りに小屋に休憩料を払っていた、テント泊の学生のグループだった。彼等は、服がぬれたままで、ぶるぶると震えていた。「乾燥室に行きたい〜。」「温かいもん食いて〜。」「小屋に泊まろうか?ええ?8500円?ブルジョアだな〜。」「誰かテント立てにいかなきゃ。」がんばれ!!こころの中で彼等を応援せずにはいられなかった。そんなビスタ〜リは、食後、部屋でふとんを敷いてぬくぬくと昼寝をするのであった。

ダムで見かけたおばちゃん3人組がようやく14時頃に到着し、同室になった。夕食を済ませ、小屋の入り口の土間にあるテーブルで、他の登山者と山の話題で盛り上がった。部屋に戻って横になっていると、おばちゃん3人組のチグハグな会話に心の中で突っ込みを入れていたら、中々眠れなかった。


嗚呼、雨の高瀬ダム


■3日目 烏帽子小屋〜鷲羽岳〜三俣山荘

雨が降っていた。そればかりか風もある。宿泊者は停滞する人、やる気をなくして敗退する人、かまわず出発する人に分かれた。悩んだ末、出発することを決めて準備をしていると、がんばってね!とかちょっとやばいんじゃない?とか色々と声がかかった。優しい言葉に後ろ髪を引かれつつ5時30分に出発。

テント場を通過。2つ張られていた。学生たちのテントかな?その後はただただ雨と風の中アップダウンを繰り返した。景色がないので単調だ。烏帽子小屋を出発した前後の登山者をたまに確認すると安心した。砂礫の登山道の脇でコマクサが強風に負けずに、けなげに咲いていた。

7時30分に野口五郎小屋に到着。小屋の軒先で休憩をする。雨、風ともにひどくなってきた。特に風がすごかった。他の登山者たちとこの状況を笑いあった。もう笑うしかない。

小屋を出発した所で、経験したことのない暴風にあおられた。もう立っていられない。テレビで見る台風中継のレポーターよりもひどかったんじゃないか?地面に伏せて風が収まるのを待った。先行している登山者たちは風などないように歩いている。すげー。

さらにアップダウンが激しくなり、岩陵のヤセ尾根が続く。岩がぬれているため、余計に緊張する。また、道を外さないようにマーキングに集中しなければならない。谷から雨が吹き上がり、唯一さらされている顔の右側に痛いくらいに打ち付ける。ゴアの登山靴はもはやその機能を失い、靴の中はバケツと化していた。これにはまいった。

ピークまで来たかと思ったらまた次のピークが現れて地獄のようであった。目を閉じるとたまった雨が涙のごとく流れてくる。いや、涙も出ていたかもしれない。水晶小屋への標識が現れると、さらに風にあおられてフラフラしながらなんとか小屋に10時15分に到着。

トイレにかけこむと暴風雨から逃れられ、ひと安心。その時に、今日はトイレで泊まれと言われてもそれに従えただろう。後で、その事を前後になり歩いていた単独行氏に言うと「俺もそう思った。」と笑って同意した。

小屋に入り狭いスペースで休ませてもらった。受付の女の子に大変でしたねと言葉をかけられた。部屋をのぞくと噂通りの狭い部屋でびっくりした。でも想像以上にきれいだった。同じく休憩していたテント泊の単独行氏に「今日は大変ですね。」と声をかけたが、むっつりと不機嫌に「最悪だよ。」と言ったきりうつむいた。他の登山者は黒岳に向かっていった。ほんとすげーよ。ビスタ〜リは当然パス。再び10時35分に重い腰を上げた。

岩苔乗越の分岐にザックがデポしていた。先ほど空身で小屋に入ってきたおばちゃん2人組のものだろう。ワリモ岳の緊張する岩場を過ぎるといよいよ鷲羽岳への急登。先を歩いていたテント泊の単独行氏を追い越した。12時ちょうど、頂上に到着。まったく眺望はなし。本日初の記念写真をセルフタイマーで撮影した。モニターで確認すると悲壮な顔をしていた。こりゃ、遭難者だな。

三俣山荘まではひたすらガレた道を下る。足のふんばりがきかない。相当体力が消耗しているのに、この仕打ち。水晶小屋で別れたおじさんの「三俣山荘ならすぐ着くよ!」の発言に、思いっきり心の中でぼやいていた。その言葉を鵜呑みにしたビスタ〜リもビスタ〜リなんだが。

ふいに、登山道を登ってくるおばちゃん2人組と出会った。小屋まであとどれ位ですかと、まぬけな質問に、明るく詳細を教えてくれ「おねえちゃんなら若いんだからすぐ着くよ!」と言われた。今度は信じないようにした。

やがてハイマツ帯を回り込むと赤い屋根が現れた。やっと今日の行程が終わったのだ。13時10分到着。山荘の扉が鉄製でやけに重い。テント泊をやめて小屋泊まりにした人が多いらしく混んでいた。学生でさえ、宿泊しているのだ。皆、長雨で相当疲れているらしい。荷物は部屋に持ち込めないので不便だった。荷物の置いている部屋と寝室を何度も往復しなければならない。

すっかり顔なじみになった人達や、違うコースから訪れた人達と、悪天の中無事にみんなたどり着けた達成感と安心感で、自然と打ち解けていった。三俣山荘はよほど健脚でなければ1日ではこれない場所に位置しているため、縦走中の人ばかりだ。食事中も鷲羽岳の下りで出会った2人組のおばちゃんと同席で盛り上がった。寝室で隣あった別の2人組のおばちゃんは、岩苔乗越の分岐にザックをデポしていた人達で、明日の行程がまったく同じ。お互いがんばろうねと励ましあった。

いつの間にか雨が上がり、歓声がして外に出ると雲が流れ、槍ヶ岳がその穂先だけをのぞかせていた。


この時の状況をイラストで

真っ白な鷲羽岳頂上

やっと雨が上がる鷲羽岳


■4日目 三俣山荘〜黒部五郎岳〜双六山荘

やっと晴れた。みんな一様に明るくそれぞれの目的地に旅立っていった。高瀬ダムから前後していた単独行氏は祖父岳まで行って再び鷲羽岳に登って昨日までのリベンジを果たすらしい。ビスタ〜リも張り切って5時30分に出発。

テント場を抜けてしばらくすると雪渓が。例のおばちゃん2人組をここで追い越して、慎重に歩いた。雷鳥平での悲劇が脳裏をかすめた。雨ですっかり沢になった登山道をジャブジャブ歩くと、やがて眺望が広がってきた。黒部源流の深い谷が広がる。黒部乗越で黒部五郎小舎から来た登山者と出会うようになった。久しぶりの晴天で嬉しいのか、みんな声を掛けてくれた。

出発以来、ろくに写真も撮れていなかったので、ここぞとばかりに写しまくった。黒部五郎小舎への樹林帯の急坂を下っていると、信じられない大きさのキスリングザックを背負った大学生の山岳部とすれ違った。重すぎて動けなくなったようだ。午後にはここを登り返すと思うと気が重い。

高原に赤い三角屋根がメルヘンチックな黒部五郎小舎に8時に到着。小屋の人に声をかけて荷物を置かせてもらう。必要な物だけを持って休憩後に出発。羽が生えたように体が軽くなった。

しかし、黒部五郎岳のカールの美しさはこの世のものなのか?高山植物が咲き乱れ、いくつものせせらぎがあり、緑に白い岩陵と雪渓が晴天の中ひときわ映えている。立ち止まって振り返れば、雲ノ平がのんびりとした感じで広がっている。結局ここでも写真撮影で時間をとった。つづれおりの急登を登り切ると、太郎平からの縦走路と出会い、さらにひと登りで黒部五郎岳に10時10分到着。

素晴らしい眺望がビスタ〜リを出迎えてくれた。裏銀座の稜線はもちろん、槍穂、笠ヶ岳…。そして一番強く心に残ったのは薬師岳だ。今度はどこに行こうかな、やっぱり裏銀座の縦走路を天気のいい日にもう一度歩きたい、と色々思いを馳せる。オコジョも登場して、うしろ髪をひかれつつ出発。今度は稜線コースで小屋まで戻る。時間が気になるので飛ばした。12時に到着。

昼食をとっているとおばちゃん2人組も戻ってきた。かなり疲れているらしく、双六山荘の到着が遅くなりそうなので、小屋の人に伝言してほしいと名前の書いたメモを託された。あまり無理せず歩くように言い、了解した。ビスタ〜リ自身もかなり疲れて、宿に到着するのが遅くなる恐れが出て来た。早く出発しなければ。12時30分出発。

樹林の急登は気温が高くて蒸し暑く、なりなかなかペースが上がらない。それでも前を歩くおじさん2人組をペースメーカーにして食らい付いて行った。どんどん雲が出てきてあっという間に周りの景色を消してしまった。

三俣蓮華岳に15時10分到着。クタクタだ。ここまで来たらあともう一息なので安心する。携帯の電波が入ったので自宅に連絡。朝に新穂高温泉を出発したという、テント泊装備の女性の単独行に出会った。今日は黒部五郎小舎まで行くと言う。すごい!かっこいい!ビスタ〜リもいつかはテント泊で歩けるようになるのかな、でもやっぱり無理だな、と思った。

気合いを入れ直して出発。すると、にぎやかな3人組が登って来た。近づくと、烏帽子小屋で同室だったあのおばちゃん達であった。お互いに再会を喜んだ。「じゃあ、気をつけて!」とまた別れた。

双六小屋までは、アップダウンが少ないといわれている巻き道を迷う事なく選択。確かに、最初はだらだらとした下りが続く。しかし、最後の方はまさか登りが連続で疲労困憊に。きっとそんなにしんどくないかもしれないが、すでに行動時間が10時間になる身には非常にこたえた。後で、同じコースを歩いた人に聞くと、やはり「ビバークしようかと思うくらいしんどかった(笑)。」と言った。

ヘトヘトになり16時30分到着。小屋の前では顔見知りになった単独行氏二人がすでにビールを飲んでいて、「お疲れ〜!がんばったね。」と出迎えてくれた。これはすごく嬉しかった。

後で一緒に飲む事を約束して宿泊の手続きへ。遅くなったことをお詫びして、おばちゃん2人組の事を伝えた。結局、おばちゃん達は17時30分頃に到着、小屋の人に申し訳ない気持ちでいっぱいになりながら、3人で一緒に豪華すぎる食事をいただいた。消灯まで談話室で単独行氏とビールを飲んだ。寝る前に小屋から出ると、天の川まで見える満天の星空が!すごすぎて恐怖すら感じた。

[裏銀座縦走Part2]に続く!


黒部五郎岳からの大展望

楽園!黒部五郎カール

雲ノ平も見えるぞ!

どこかに雷鳥がいます

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