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■3日目 涸沢〜涸沢岳〜横尾
夜半、雪の地面から冷気がじわじわと身体に伝わってきた。銀マットをもってしても、完全に冷気を遮断することは不可能だ。3時頃から周囲のテントでゴソゴソ物音がした。じっと目を閉じて夜明けを待った。3時45分にシュラフから抜け出て、ぼーっとしながら朝食作り。といっても、アルファ米とインスタント味噌汁だけど。5時ごろから稜線がモルゲンロートで赤く染まっていった。あちこちから上がる歓声。
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朝焼けに染まる穂高の稜線 |
夜明けの一大ショーが終わると、何ごとも無かったかのように、登山者たちはそれぞれの目的地に出発していった。我々は、6時30分ごろに出発、白出のコルまでアズキ沢をつめて、涸沢岳にいざ!昨日と同じく、顔を完全防備の月光仮面スタイルで、急斜面を一定のペースを守りながら登る。時折、頭上を県警のヘリが巡回。一度、アズキ沢から涸沢ヒュッテまで、滑り落ちて行くように低空飛行していった。
見上げると、群青色の空。こんな濃い色の空を見るのは、ネパールでのトレッキング以来だ。飛行機に乗ってもめったに見れないぞ!時折、休憩がてら、自分の稼いだ標高を確認するため、涸沢ヒュッテを見下ろす。どんどん小さくなる赤い屋根。進む先の視界の、空の比率がどんどん大きくなり、白出のコルに到着!8時30分。
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白出のコルに向けて出発だ! |
深く濃い色の空。雪とのコントラストがすごい |
名古屋のテレビ局がカメラを回していた。また、岐阜県警の方々が滑落停止訓練を行っていた。多くの方々に守られながら登山を楽しめる事に感謝。穂高山荘でゆっくりお茶をして、涸沢岳に向かった。アイゼンを外して少し雪が残った岩場を慎重に歩く。10時ごろに、山荘から20分ほどで頂上に到着。
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岐阜県警が訓練していました。 |
涸沢岳へ岩の道を登ります。 |
白い雪と黒い岩により、コントラストが強く浮き出ている山々が、眼前に迫ってくる。この征服感は凄い。槍ヶ岳に続く大キレット、槍ヶ岳の奥に見える立山連山、黒部源流域の山々。「今年の運を使い果たしたような感じだねー」4人で記念撮影をしている間にも、頭上をヘリが飛んでいた。惜しみながら下山、コルから急斜面を慎重に下る。
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涸沢岳山頂より北穂高岳、大キレット、その向こうは槍ヶ岳 |
約1時間30分かかって、11時45分にテント場に到着。照りつける日差しの中、汗だくになってテントを撤収。少しでも荷物を減らす為に、昼食を食べたが大して変わりは無い。体内に入るのだから、総重量は同じなのは当たり前なのだが。
13時30分、横尾に向けて涸沢ヒュッテを出発。「春の涸沢詣で」よろしく、登山者が列をなして続々と登ってきた。本谷ではすっかり雪解けしていて、沢沿いの地道へルートが変わっていた。肩が痛くて疲労がピークにきた、3時45分ごろに横尾に到着。およそ10時間に及ぶ本日の行程が終わった。横尾に到着する直前に、2人組がスキーを担いで涸沢に向けて歩いていった。嘘〜。何時に到着するつもりやねん。
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涸沢まで続く登山者の列。 |
横尾のテント場。テントが多くてびっくり。 |
横尾はいつ来てもテントが少なく、テント場の在り処さえはっきりしていなかったが、本日は大勢のテントで賑やかだ。沢に面したテント場も盛況。とはいっても充分にスペースもあるので、沢から離れたテント場に落ち着くことにした。夜は比較的温かくよく眠れたが、明け方頃に冷え込み、朝起きるとフライが凍っていた。
■4日目 横尾〜上高地〜帰宅
夜露をふくんだテントを背負って、7時30分上高地に向けて出発。徳沢でゆっくりとお茶して、持ってきた食料をほぼ完食。明神からは観光客も増えて、10時30分ごろ河童橋に到着。河童橋は銀座と化し、橋は大混雑。一気に気持ちが萎える。それでも吊り尾根が残雪に輝き、梓川の水の色は美しく、去り難い気持ちでいっぱいだ。
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最後まで秀麗な姿を見せてくれた前穂高岳。 |
観光客で賑わう河童橋。 |
1日目に宿泊した沢渡のペンションでお風呂に入り、髪を洗っていると、分け目あたりが日焼けして痛い。顔は守ったが、頭は守りきれなかった。数日後、美容院に行ったらアシスタントの女の子に「焼けてますよぉ」と言われた。沢渡を出てお昼に蕎麦を食べた後、高ボッチ山にいき、北アルプス、中央アルプス、八ヶ岳、南アルプスの景色を楽しみ、22時30分頃帰宅。
Iさん、Kご夫妻、色々とお世話になりました。とても楽しかったです。また、誘ってください!どこでも駆け付けます。なお、Kご夫妻のサイト「連れづれ山雑記」もどうぞご覧ください!
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